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変換異説 [ちょっと哲学的]

甦る怪物(リヴィアタン) 私のマルクス ロシア篇  佐藤優

ソ連崩壊の歴史的瞬間に身をおいていた若き日の佐藤。日本の外交官でありながら、モスクワ大学で教鞭(プロテスタント神学)を執っていたり、ソ連科学アカデミー民族学研究所の客員研究生であったりと、当時のソ連エリートや政治家などとの深い人脈を構築していた。これを読むと、佐藤はほんとに凄いのである。鈴木宗男関連で逮捕失職することがなければ、北方領土も返還されていたかもしれないほどの人物である。まぁ、構成上の問題や効果などのためにいくらかはフィクションも入っているだろうが、それにしても歴史の舞台裏を少し垣間見るような感じである。
ここで重要なキーワードとなるのが、ユーラシア主義である。ウィキの解説とやや異なるのであるが、ピョートル・サビツキーのユーラシア主義は、「ヨーロッパとアジアにまたがるロシアには、独自の文化と発展法則があり、ロシアはそれ自体として完結した世界であるとする思想。西欧の一元的な進歩の思想を否定し、普遍主義を拒否し、多元主義を称揚する。お互いに出入りする窓のないモナド(単子)が切磋琢磨して、世界は構成されているとするライプニッツのモナドロジー(単子論)と親和的な考え方。」としている。ユーラシア主義者は、ボリシェビズムとファシズムの共通性を強調し、それを肯定的に評価する。動員型政治を展開したムッソリーニ指導によるファッショ・イタリアもソ連と同様とする。ちょっと余談にはなるが、このユーラシア主義でファッショ的言説を排したとすれば、ネグリのいうところのマルチチュードにも繋がるのではなかろうか。というのもマルチチュードは多元モナドロジーと親和的であり、インターナショナルの一元性を超えた多様性を認めるものでもあるからだ。そして、ファシストではないとしてもネグリはイタリアのマルクス主義者であるという点で、非常に両概念は似ているように思う。
さて、肝心のソ連崩壊への道程であるが、民族問題がないはずのソ連において民族主義が台頭してきたことが、ソ連崩壊に繋がったということである。エトノクラチア(民族統治主義)を標榜しようと各民族主義者らが声高に民族自決を煽りだした背景に、当時ゴルバチョフ政権下で進められたペレストロイカが関連している。ペレストロイカはソ連邦に市場型経済を緩やかながら導入することによって生産性を向上する狙いがあったのだが、それはソ連邦を構成するロシア以外の資源を有する主権構成国家に近代的資本蓄積という土壌を生んだ。また、連邦制議会の選出議員の選挙方法も改正されたことにより、中央集権型(ビューロクラチア)の上から下への通達型政治に変調をきたすこととなる。それまで中央(クレムリン)に集中した超一流エリートたちによって大ソビエトをひとつに束ねることが出来ていた共産党官僚政治に、主権構成国家において議員に選挙せられるために二流エリートにあっては、民族意識を扇動することが最も簡易にしていわゆるそのエトノスの支持を得やすい結果となった。これによりクレムリンのロビー活動とも絡み、地方の二流エリートたちが主権構成国家の主導部に入ることで、主権国自体が政治的に弱体化もし、それは当然にソ連邦の弱体化でもあたのである。ソビエト連邦が一枚岩のごとく強固なときは、ソ連というナショナリズムによって辛うじて一体性を保つことが出来ていたのであるが、急激な社会変革に晒されたときに弱体化した政治機構が執るべきは力づくの引き締め、弾圧であるが、中央のこの政策は、弱体的主権構成国家(経済的には強固な国もある)には台頭した自民族主義にかえって反動を与えるばかりであった。スパイラル的に中央と地方の政策に対するズレがまさに軋轢となって、度重なる民族間同士の紛争も起こり、ソ連崩壊はいずれにせよ時間の問題であったということだ。そして、執拗低音としてロシア史に常に流れるユーラシア主義が、ロシアをも含めて主権構成国の独立へと流れていくのである。
以上が簡略なソ連崩壊の根底であるが、ほかにこの本に頻出するのが、人脈構築や議論形成の重要な役割を果たす、カフェであったりレストランでの会食である。そこでよく登場するのがゴルバチョフ政権下で設立された第一号協同組合カフェ、クロポトキンスカヤ36番地協同組合カフェである。カフェといってもいわゆる酒も飲める食堂みたいな感じであるのだが、ここで佐藤、相手もいるのだがウオトカ、飲むは飲むは。毎回、最低でも2本!(てことは1升)は空にしているのである。破格である。今更ながら東京地検特捜部というのは「国益」を損ねる部署として映ってしまう所以である。そして、佐藤はある民主党応援哲学者と懇意にしているようであるが、この会食の描写の挿入というのは、ドストエフスキーというよりもトルストイに近い感覚を覚えた。まぁ、帝政ロシア時代の食卓の風景なんぞ研究してもしかたないから、ドストエフスキーなのだろうけど、最後にサイコとしての究極の民主党支持率アップ作戦を披露して締めたい。
北方領土返還! そしてそこに米軍基地移設! 北朝鮮よ、核ミサイル打ち込んでもいいぞ! なんて望んでないが、4島返還があらゆるオプションに使えるのだから、これをアメリカが「疎外」することは両国の国益にとってよくないはずなのだが・・・



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決定書 [免許更新異議申立て]

前回、異議申立書の理由を載っけたので、今回、一人でも多く、冤罪事件から自分を救済する一縷となればと思い、公安の回答である、決定書の方を載っけておこう。細かく見るまでもなく、こちらの訴えに対して根本的な納得いく説明にまったくなっていないことが一目瞭然であることがわかる。こういう回答をしてくるのだ、ということを参考にしていただいて、異議申立書を書いていただきたい。そして、警察のバカの壁を少しずつでも崩していこう。



                  決 定 書

                                       第 〇〇〇号

                不服申立人  住所 〇〇県〇〇市〇〇町〇〇番地
                         氏名 サイコ

平成22年1月14日付で申立てのあった異議申立てについて、次のとおり決定します。

    主文
本件異議申立ては、これを棄却する。

    理由
1 原処分の内容
 申立人は、平成21年11月17日、中型自動車運転免許証の更新を受けた者である。
 その際、道路交通法(以下「法」という。)第92条の2に定められた、運転免許証の更新を受ける者の区分決定にあたり、申立人の過去5年間における交通違反・交通事故経歴を確認したところ、指定場所一時不停止違反(違反点数2点。以下「一時停止違反」という。)1回が存在した。
 よって、申立人の免許の有効期間にかかる運転者区分は一般運転者区分・運転免許証有効期間5年・運転免許証の有効期間を表示する欄の地色は薄青色であり、一般運転者講習60分を受講したものである(法108条の2第1項第11号)。
2 異議申立ての内容
 運転免許証の更新区分である一般運転者区分から優良運転者区分(運転免許証有効期間5年、運転免許証の有効期間を表示する欄の地色は金色)に変更を求めるものであり、その主な内容は次のとおりである。
 ・ 違反の事実は無く、また、取締り警官の取り締まり方法等に関しても不適切なものであるため、行政行為に瑕疵が存在するというほかない。
 ・ 一旦停止をし、対向車の進入余地を配慮して安全かつ柔軟に若干進行した動作を、警察官から取締りを受けた。
 ・ 対向車がある場合に確実な目視ができ得るかが非常に不確実である。
3 当公安委員会の認定した事実
 (1)違反事実の現認状況
 平成20年2月15日、〇〇県警察本部交通部第一交通機動隊の警察官は、交通取締用自動二輪車(以下「白バイ」という。)に乗車し、〇〇県〇〇市〇〇地内において一時不停止違反の取締りを実施した。
 現場は、〇〇川左岸堤防上を南北に通ずる県道〇〇〇〇線と〇〇川に架かる〇〇橋の下を立体交差する県道〇〇〇〇線(以下「アンダーパス」という。)が堤防上で交わる交差点である。当公安委員会が道路標識によりアンダーパス側に一時停止の規制をしている。警察官は取締開始前に、一時停止標識及び停止線が正常に設置され、視認性が良好であることを確認した。
 現場交差点東方の地点に白バイを西向きに停車させ、同所を現認位置とし、〇〇橋方面から〇〇橋方面に向けて北進する車両が一時停止場所で停止するか否かを注視していたところ、同日午前11時5分ごろ、申立人運転車両が停止線の手前で時速20キロメートルまで減速したが一時停止することなく停止線を通過したのを現認したことから一時停止違反と認めた。
 (2)申立人の供述等
 申立人は、本件停止場所において警察官に対し
 「ちゃんとブレーキを踏んで安全確認した。」
と本件違反事実について否認した。
 交通反則切符の供述書(甲)欄には「認めません」と記載して署名押印し、告知書および納付書を受領した。
 (3)違反事実の認定
 本件違反事実の現認状況等については、警察官が作成した道路交通法違反事件捜査報告書及び道路交通法違反現場見取図等関係書類に克明に記載されている。
 それによれば、
 ・ 一時停止標識及び停止線が正常に設置され、視認性が良好であること。
 ・ 現認地点から違反現場方向への視認性は良好であること。
 ・ 申立人車両が一時停止することなく時速20キロメートルで停止線を通過したこと。
が認められ、警察官が認定した本件違反事実は明白である。
 よって、当公安委員会は、申立人にかかる一時停止違反の事実を認めるものである。
4 「一般運転者」に係る基準
 一般運転者とは、
 「免許の継続経過年数が5年以上であること」
 「過去5年間の違反行為が、軽微違反行為1回のみであること」
 「過去5年間に「重大違反唆し行為」や「道路外致死傷行為」をしたり「危険運転致死傷罪」を犯したことがないこと」
のいずれにも該当する者である。(法92条の2第1項・表の備考一の3)
5 当公安委員会の判断
 前期のとおり、申立人は、運転者区分を判断する期間内に一時停止違反1回の違反歴があったことから「一般運転者」に該当する。よって、当公安委員会が申立人の運転免許証を一般運転者区分として更新したことは、法の規定に基づくものである。

 以上のとおり、申立人の主張には理由がなく、行政不服審査法第47条第2項の規定を適用して、主文のとおり決定する。

平成22年2月19日
                      〇〇県公安委員会

以上が決定書の全文である。形式だけは格別なそれなりに立派(といってもワープロで印字した中質紙)にしっかり綴じしろに割印を施し、最後に公安のハンコがデカデカと押してあるのでる。どんなに足掻いても無理だぜー、みたいな風に思ってはいけない。というか、サイコの場合は、マジで「ポリ、おちょくっとんのかー[ちっ(怒った顔)]」と一瞬、火病ったのだが、というのは、「何か裁判で勝てそうな感じもするなぁ」と思ったからでもある。要は「視認性」が良好でないことを証明さえすればいいわけで、間違いなく公安、警察はサイコを裁判に誘おうとしているからである。すっごい、ジレンマである。というのはあるとすればこれが陥穽なので、それと実質的証拠(今回のサイコの場合だと「道路交通法違反事件捜査報告書」と「道路交通法違反現場見取図等関係書類」)として採用出来るものがあるとすると、司法もこれのみを裏づけとして行政庁の裁量を是認するのが、裁判的にもほぼ確定しているところのようなので、提訴するか否か悩むところである。前回も書いたとおり、今年も社労士試験受けるので、バカを相手にしたくない、というところと、訴訟費用ということなのね。まぁ、もうちょっと考えます。




ポリポリ [免許更新異議申立て]

あー、例の異議申立てに対する決定書が先週半ばくらいに届いた。まぁ、分かっていたとはいえ、棄却の決定であった。ブルーである。1/14に発送してだいたい2か月くらいかかるだろうなぁ、と思っていたから案外早く結論を出してきた。それはいいけれど、まぁ、分かっていたとはいえ、サイコの書いたものを単に否定しただけではないか。そういう意味でも警察組織に対する不信と疑念はますます高まるばかりであるのだけれど、うーん、こんな馬鹿相手に裁判するのがバカバカしくなってもきている。まぁ、サイコが異議申立てした3点について、指定場所一時不停止等の記録の抹消については何も触れていない。それが一番肝心なはずなのに、捏造警察官が作成した「道路交通法違反事件捜査報告書」と「道路交通法違反現場見取図等関係書類」だけをもって「視認性」が良好として、違反事実を認定しているのである。後、おかしな点は、「20キロで停止せずに通過」としているが、なんぞ測定機器でも使用して測ったんかいな[ちっ(怒った顔)]  うーん、バカの壁だ。こんなバカ相手に8500円プラスの訴訟を提訴するだけでも、時間と金の無駄のような気がしてきた。で、一応、教示文書も入っていたのだが、決定を知ったに日の翌日から起算して6か月以内に提訴できるのはいいけれど、おい、最終締切日って、社労士試験の次の日だぞ[ふらふら] お、後、試験まで6か月だよ[ふらふら] ぼちぼち勉強も再開してはいるのだけれど、そっちの方が大切だよなぁ。うーん、やはり一般庶民には裁判というのは荷が重いんだよ。こうしたことで、泣き寝入りさせられてしまうのね[もうやだ~(悲しい顔)] まぁ、なんか懸賞で10万円くらい当たったら、提訴しようか。あ、そういえば、グリーンジャンボ30枚買ったんだった。当たれーーー。え、それで裁判できるって[ふらふら]

P.S.  そういえば、異議申立ての理由を公表し忘れてたので以下に掲載する。

6 異議申立て理由
  まず異議申立ての趣旨1についての理由として、運転免許証の更新交付を受けるに際して、平成20年2月15日指定場所一時不停止等の記録が存在するために不利益な運転免許証の更新交付という処分を受けることが事前に異議申立て人の知るところとなったのであるが、平成20年2月15日指定場所一時不停止等の取り締まりに関して、違反の事実は無く、また、取締り警官の取り締まり方法等に関しても不適切なものであるため、行政行為に瑕疵が存在するというほかない。状況として、異議申立人は、〇〇県公安委員会から普通自動車免許を受けており、平成20年2月15日午前11時5分ころ、自家用軽自動車(〇〇〇)を運転し、違反箇所とされた〇〇市〇〇-〇番地付近の一旦停止場所において一旦停止をし、対向車の進入余地を配慮して安全かつ柔軟に若干進行した動作を、〇〇県警察交通部第一交通機動隊所属の警察官から取締りを受けた。まず、対向車がある場合に確実な目視ができ得るかが非常に不確実であり、次に、安全配慮をもって、しかもゆるやかな発進であったにもかかわらず、取締り警察官は、警告による指導程度で済むと思われる異議申立人の事実行為に対して、交通反則告知書を提示、これに署名、押印を異議申立て人に強要するが、異議申立て人は違反事実の不存在をもって否認するため、署名及び押印を拒否する。そして任意であるにもかかわらず、取締り警官は現場にて調書作成をし、これに強制的な意味を付加するがため、異議申立て人は錯誤して署名及び指印にて押印する。一連の取り締まり行為には瑕疵が存在するため、平成20年2月15日指定場所一時不停止等の記録は取消しうべき記録といわざるを得ない。なお、この違反の不存在をもって予め訂正(削除)の要求等を請求することは、行政不服審査法という法律があるため、この異議申立てをもってするほかないと、平成21年11月16日に〇〇県警察本部総務部総務課公安委員会室に問い合わせ、口頭にて教示を受けているので、この異議申立書をもって平成20年2月15日指定場所一時不停止等の記録の抹消を請求するに至る。
  次に異議申立ての趣旨2についての理由として、平成21年11月17日における、「一般運転者」との区分による運転免許証の更新交付という不利益処分を受けた後でなければ、不利益処分の取消しを請求することができないためである。行政不服審査法(昭和三十七年九月十五日法律第百六十号)第一条第一項には、「この法律は、行政庁の違法又は不当な処分その他公権力の行使に当たる行為に関し、国民に対して広く行政庁に対する不服申立てのみちを開くことによつて、簡易迅速な手続による国民の権利利益の救済を図るとともに、行政の適正な運営を確保することを目的とする。」としているが、処分後の原状回復訴求ではなくて、多大な損害を被ることが事前にわかっている今回の異議申立ての場合のように、行政としても事前に瑕疵を矯正することができれば、時間的にも経費的にも行政経済に資するはずであるところのものを、このような迂遠な措置でしか対応できない現行法制においては法の欠缺というよりないが、行政庁において裁量権がある程度認められているのであれば、簡易迅速な手続により国民の権利利益の救済を図ることによって、行政の適正な運営を確保していただきたい。念のために記しておくが、執行機関の違法のみが問われるわけではなく、こうした異議申立ての場合には不当な処分その他公権力の行使に当たる行為に関してなされているのであって、取り締まり事実の適法をもって国民の利益を疎かにするようでは行政運営の適正化や透明性を蔑ろにし、行政一般に対する観点からも遵法による弊害を極力回避した帰結とはならないはずである。
  次に異議申立ての趣旨3についての理由として、「一般運転者」との区分による運転免許証の更新交付を取消し「優良運転者」との区分による運転免許証の交付を請求する訴えの利益として、平成18(行ヒ)285 優良運転免許証交付等請求事件 平成21年02月27日 最高裁判所 第二小法廷判決において、「道路交通法は、優良運転者の実績を賞揚し、優良な運転へと免許証保有者を誘導して交通事故の防止を図る目的で、優良運転者であることを免許証に記載するとともに、更新手続上の優遇措置を講じているとして、優良運転者たる地位を法律上の地位として保護する立法政策を特に採用したものである」として、一般運転者として扱われて更新を受けた者が、更新処分の取消しを求める訴えの利益を認めている。よって、立法政策と行政政策とは政策趣旨に相違があるという観点で行政政策を優先させることは、道路交通法に基づいた違反取り締まり自体に矛盾を呈することにもなりかねず、また最高裁という司法が下した判断は、行政庁を拘束する力を持つため、行政不服審査法に基づく異議申立ての場合においても、その判決趣旨に沿うものでなければならないはずである。
  よって、不利益処分の撤回及び義務付けの利益を異議申立て人は有しているのであり、当然に平成20年2月15日指定場所一時不停止等の記録の抹消、平成21年11月17日における、 「一般運転者」との区分による運転免許証の更新交付の取消し、「優良運転者」との区分による運転免許証の交付、を速やかに執り行うよう、ここに異議を申し立てる次第である。
                                                    以 上


インパーソナル [法の下の平等]

天皇・反戦・日本  浅羽通明同時代論集治国平天下篇

浅羽通明という人はルサンチマンの人かと思っていたが、まったくサイコの誤解であったようだ。すでにこの人の本を何冊か読んでいるのだが、この本もタイトルだけからすると、完璧右翼か? と勘違いしてしまうのであるが、全く右よりではない。保守中道というものは大体からして、右派的な要素というものを最初から含んでしまっているので、ちょっと過激に、先鋭的にものを言ったりすると「右翼マンガ」という反動的な過激発言で返されてしまうことは、ままあるとしても言ってる本人の「次元の高い論争」というものを自ら低レベルに堕してしまう陥穽であるようだ。その陥穽をみごとに回避して、あるいはその上に乗っても落ちない身の軽さというものが浅羽には感じられるのである。うーん、神か? 浅羽がここ20年近く発行しているニューズレター「流行神(はやりがみ)」というタイトルからして、ちょっとはそんな自負を持ってたりするのだろうかとも勘ぐるのであるが、まぁ、昔取った杵柄でカルティックなニュアンスを滲ませているだけのことではあろう。さて、その「流行神」からテーマ別にピックアップして現在的に加筆・編筆した集大成が天皇・反戦・日本である。まず、浅羽が以前はよしりんのブレーンであったということで、当時のゴー宣で、「ロイヤル爆弾」なる過激さをある意味讃えるような文言も出てきたりする。と、思いきや流行神 No.199(05/07/24所出)からでは、よしりんと諍いのあった例の佐藤優国家の罠を平成の名著と讃えていたりもする。後、例によって、香山リカをプチナショ絡みで批判してたりする小気味よさもあったりと、浅羽の感覚はある意味サイコに近い感覚なのである。後、改憲に関するところで、「前文削除」というのも目から鱗である。もともと、法律家を目指していた人だけに、憲法に対する理論的な思考(解釈ではない)というものは明晰で、イデオロギーを排した上で最も単純でそれこそ右も左も認めざるを得ないのは、憲法は単純に全ての法律の基礎だ、ということである。憲法(条約が含まれることもある)は全ての法の最高位にあるというだけのことである。そこにいらん主義主張が介在するから、例の井上薫のような元判事が反動的道徳論を法に介在させようとする本末転倒的な解釈も出てきたりするわけである。
余談はさておき、流行神 No.199からの「協働体日本の方へ - 佐藤優『国家の罠』を読む」では、「インパーソナル」というキーワードから、サブカル的なのりで「国家の罠」を書評している。ここで、「インパーソナル」というキーワードは、浅羽が学生時代に全集を読破した花田清輝という左翼評論家が晩年、好んだ用語で、経済上の利益を度外視した機能的な人間関係、という意味合いらしい。ここで、花田が好んだ史上の例として、舅である滝沢馬琴とお路との協働関係について、例示的に「インパーソナル」なものとして2例あげている。ひとつは、アニメ/ルパン三世「カリオストロの城」のルパン三世と銭形警部との敵対する者であるにもかかわらず、目標とするものの遂行上の同時性から協働的な行動となる関係。今ひとつが、佐藤優が「国策捜査」で逮捕されたときの、西村検事との協働作業としての調書作成である。両例示も相対する者同士には、立場としての反目がありながら、ひとつのミッションを協働する関係が成立しているのだが、絶対に「握手」はしないのである。話をおおもとの、舅である滝沢馬琴とお路との協働関係に戻すと、「馬琴とお路は、前近代的上下関係が(脱)近代的協働関係へ止揚された例」(「天皇・反戦・日本」第四部 日本国を構想するP239)で、ここでこのアウフヘーベンという用語でもって、浅羽は止揚前止揚後というふうに使用しているのであるが、サイコはこれがイタク気に入ってしまった。まぁ、それは余談としても、現体制化でのアニメというフィクションの例と、佐藤のノンフィクションの例がまさに現代の「インパーソナル」なる関係だということである。要は、諍いでなく佐藤とよしりんもこの「インパーソナル」なる関係性へアウフヘーベンしなければいけないんだろうなー、というところである。まぁ、後、浅羽自身においては、その協働的な相手とは 大塚英志なのだろうか。互いの領野でもってサブカルを止揚すべく、激烈に批判しあうような感覚というのは、多分、浅羽としては「インパーソナル」な関係を築いてもいいか、ということなのだろう。ちゃんと江藤淳と少女フェミニズム的戦後に対する批判も取り上げているところかして、そう思う。まぁ、兎に角、ヘーゲル的な近代には戻れないのではあるが、アウフヘーベンというロマンを非人間的にでも作動させるしか、現代の論壇的状況は高次元へと進まないようである。それがインパーソナルでなければならない、という現代への解答なのであろう。





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プレゼン [ちょっと哲学的]

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 ● HAPPY! Valentine's Day! ● 


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先回であるけれども、雨宮処凛ロスジェネはこう生きてきたを紹介し忘れていたわけではない。まぁ、書き手が同じだからプレカリアートとかワーキングプアの反撃とか貧困と愛国とかで書いたり言ってることとほとんど同じなので、改めて書くこともなかっただけである。参考までにかなり前に他のブログで書いた貧困と愛国を読んでもらえれば分かるだろうか。それと最近イタイ人ウオッチャーになっているような感じになってしまってもいるのだけれど、例の山崎先生と雨宮、佐高信が同席した共同講演会なるものも開かれていたこともちょっとだけ参考になるだろうか。というのも、よしりんと諍いのあった例の佐藤優も右派論壇として同席しているからである。右も左も関係ねぇー、はわかるけれど、この取り合わせは、限りなく左に近い右派と限りなく右に近い左派じゃないのかな。まぁ、だから右翼マンガとか言うわりに右だし、大江健三郎は左っぽいと思うけど擁護したりするから、イデオロギーで騙ること自体が彼/女等には無効なんでしょう。まぁ、だけど無茶苦茶クセのある人が集まってどんな講演だったのか、非常に興味は沸く。それで動画を探したらYou Tubeにあった。うーん、普通だ。全共闘時代のような乱闘はない。そのまま動画貼り付けてもいいんだろうけど、まぁ参考までにURLだけのっけておこう。
http://www.youtube.com/watch?v=AU-ojU3Pcl0
http://www.youtube.com/watch?v=_PnXI-tcyZA&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=1VI9HHisT2o
http://www.youtube.com/watch?v=4ifnGckyDj8
http://www.youtube.com/watch?v=yKAGf5CNmpY

うーん、だけど佐藤が言う、左翼の運動がいいと思ったら、右翼は邪魔するな。金を出してやれ。っていうのは、60年安保のときのブントのままじゃないの。まぁ、実際、70年の七・七告発以後の新左翼の運動の一部にはそうした関係での左右の共闘もままあったようではあるのだけれど、月刊日本の主幹は原稿料払えないくらい「貧困」らしいから、右翼=金持ちという構図でもないみたいだね。というか月刊日本救済キャンペーンだったんじゃないか。あー、だけど肝心?な雨宮はどこに映ってたんだろう。



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仮構か加工か書こう [ちょっと哲学的]

じゃあ、読もう。は「2010国民読書年」のキャッチフレーズだそうだ。本を読むぐらいで、気合を入れてどうする。そう思うのはプレソホリックなサイコのような人には当然、らしい。しかし、まぁ、サイコの他のブログで毎日の夕刊に対する懸念を書いたことがあるのだが、出版業界の焦りというものも新聞のコラムを書くような人には他人事、らしい。活字離れの轍を踏まないように思考するのは新聞業界も同列だと思うのだが、紙幅の関係でそこまで書けなかったのかなぁ。まぁ、コラムというのは字数の制限の中で多くを騙らなければならないからねー。まぁ、読者は誤読する、という了解で書ければ、かなりのエセーは読者を引き込むことが可能なのだろうけど、報道にはある種の制約が付きまとうからなかなか難しいけれどね。
ということで国民読書年である。優等生のサイコの最近のラインナップを紹介しておこう。

帝国 グローバル化の世界秩序とマルチチュードの可能性  アントニオ・ネグリ マイケル・ハート

江藤淳と少女フェミニズム的戦後  大塚英志

ロスジェネはこう生きてきた  雨宮処凛

吉本隆明1968  鹿島茂

小林秀雄とベルクソン増補版 「感想」を読む  山崎行太郎

天皇・反戦・日本 浅羽通明同時代論集治国平天下篇  浅羽通明

1968(上) 若者たちの叛乱とその背景  小熊英二

と全部で7冊も借りてしまっているのだが、全部読めるわけもない 「1968(上)」は予約を入れてはいたのだが、どうせ借りられないと思っていたら、タイミングよく借りることが出来た。借りたはいいけれど読み切れないよなぁ まぁ、取り敢えず「江藤~」と「ロス~」と「小林~」はなんとか読み終えた。搔い摘んで「感想」を書くと、「江藤~」と「小林~」にある種の共通点があった。これは狙って借りてきたわけではないのだが、たまたまである。初出の時期も10年ほど経っているので01年に上梓された「江藤~」の方が後になるのだが、まず江藤淳は初めから共通点であることは知っていた。大塚は単なるファンであるが、山崎は弟子である。そして、批評の角度は全く違っているのであるが、両批評本で一章を割いている作家が三島由紀夫である。それで、大塚がいうとところは「サブカルチャーとしての日本」であり、三島の仮構性(フェイク)を江藤に即していっているのであるが、山崎がいうところは小林秀雄という批評家に対峙するための小説家としての三島の誕生、ということになるかと思う。両批評は、それぞれ江藤について、小林について書いているわけなのだが、三島をいわゆる「戦後民主主義」に対する反時代性の代表として、その終焉、三島の終焉以前の先輩批評家である小林、江藤をなぞることで、終焉以後の山崎、大塚という批評の変遷ということも言える。更に大塚に則していうなれば、山崎は小林になることもコピーとなることもできないけれども、江藤を仮構して小林の「原理的思考」を展開しているのではなかろうか。翻って、大塚は多分、批評家の仮構ではなく、「原理」の二次生産、あくまで加工としての批評であるかもしれない。まさにサブカルチャーを地で行っているのだ。






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ギゾー [ちょっと哲学的]

今日のタイトルでピーーィンと来た人はほんとの意味で凄い人である。が、今日はピーーィンとこないことが主流である。まぁ、それはそうとして、こんな駄文を書いているのであるが、サイコの左手が昨日あたりから機能しなくなってきている。いや、まったくもって使えないわけではないのだけれど、タイピングの感覚が気持ち悪いというか、中指、薬指、小指に軽い麻痺感があって、滑らかにスムーズに動かせないものだから、左手でのタイピングは不可能になっているのである。それと思ったキーに指を運んでいるはずなのだけれど、一個下をたたいてたりするものだから、取り敢えず、右手のみで書いている状況である。うーん、卒中のような、その前触れのようなものであろうか。まぁ、自分のことについて書いていくとだんだん暗くなってくるので、タイトルの話に戻ろう。ギゾーとは人名で、今巷で騒がれている偽造のこととは関係ない。「文明論之概略」を読むの原書である文明論之概略福澤諭吉がタネ本としてギゾーのヨーロッパ文明史を使っているのであるが、この文明開化の俊英が引用しないようなところを強調的に引用する著がある。ネグリハートの共著で知られる帝国であるが、取り敢えず途中読みであるので、あまり深くはかけないのだけれども、「概略」との比較をするまでもなく、「帝国」はポストコロニアルであり、「概略」はアンチコロニアルである。という視点を日本の学者は持てると思うのであるが、翻ってイタリアの学者の盲点をつくことが出来るのでは、というかあんまり関心ないのかも。取り敢えずここまで。




クローニン [法の下の平等]

1968(上) 若者たちの叛乱とその背景

やっと小熊英二のほうを読み出したのであるが、なにせ1091ページもあるから当然、貸し出し期限中に読みきれるわけがない[ふらふら] 渋々返してまた予約取ろうと思ったのだが、また誰か借りてるし。あんなぶ厚い本を読もうと思う奴の顔が見てみたい[ふらふら] そういえば産経新聞でさらば革命的世代というコラムが去年の6月くらいまで1年ほど連載されていたのだが、そのコラムを「全共闘世代は決して読まないだろう」という意見が複数寄せられたそうだ。ということは多分この1968(上)も、アラカン世代は敬遠しているであろうとして、まず活字離れしているような現在の10代から30代であんなぶ厚い本は借りないだろうし、40代のお父さん世代では、興味はあるとしてもあんなぶ厚い本を読む暇がないだろうし、だとすると子育てもひと段落した40代後半から50代の大学生以上の子供を持つ、なんらかの市民運動っぽいものに参加しているようなお母さんしかありえそうにないのだけれど。返却したのが平日の時間外だったから、平日借りることが出来るという物理的条件も考えると、40代後半からの女性というところしか浮かんでこないのだけれど、女性が読むかなぁー、というところは少し懐疑的ではある。まぁ、それはいいとして、時代的・世代的背景(上)─政治と教育における背景と「文化革命」の神話/時代的・世代的背景(下)─高度成長への戸惑いと「現代的不幸」/セクト(上)─その源流から六〇年安保闘争後の分裂まで、までを読んだのであるが、前もって絓秀実のほうの1968年1968を読んでいたので、特に「セクト(上)」あたりの一次ブントの流れは肉付け的によく理解できた。しかしまぁ、東大細胞であった例の西部邁が自ら暴露しているのだが、59/11の東大教養学部の自治会委員長に当選した選挙のときに、結果を改竄していたことには呆れ返ってしまう。共産主義(根っからのスターリニズム!)であって民主主義ではないわけで、党派的な争いになにがなんでも勝利しなければならなかったのが、一次ブントの本質だったらしい。西部は当時を回想して、「革命」とは純粋性とか徹底性とかを表す理念語、としているが、実態としては卑劣漢でしかないわけで不純極まりない。というのも、まぁ事後的ではあるが、60年安保闘争が臨界に達するのは、5月20日に衆議院で新条約案が強行採決されたことに対してで、「民主主義の破壊である」として一般大衆をも巻き込む正義に基づいているわけだからである。それを一次ブントが牽引するのであるからおかしな話である。まぁ、あと60年安保で運動を牽引していた裏で、活動費の枯渇から島成郎書記長が右翼から資金提供を受けていたというのも絶句する。そして全学連第16回大会で、東大、早大、明大、女子美等学生細胞中心の「革命の通達派」(革通派)が主導を主張したことで、学連書記局細胞中心の「プロレタリア通信派」(プロ通派)による東大主導のエリート主義的な態度が気に食わなくて分裂してしまうわけである。とは言え、実質的解体はなんと60年安保闘争最頂期以前に、度重なる指導部の公安当局による逮捕ですでに直面していたのであり、中心なき烏合の衆が奇跡的に大衆を動員し、またその大衆に紛れてしまっていたということである。その総括、ブント第5回大会において、ブント全学連の闘争は正当に評価されるべきである(産湯と共に赤子を流すべきではない。再突入が出来なかったのは権力奪取の思想がなかったからである・姫岡怜治=青木昌彦)とするプロ通派と、「闘争は敗北と総括すべきである。敗北の根因は、国会再突入をためらったブント指導部の日和見主義と、その日和見主義をもたらす経済理論(姫岡玲治国家独占資本主義論=自己金融論)にある」(東大細胞意見書・星野中論文)と断罪した革通派で60年安保を敗北と見るかどうかで分裂したのである。後、ブントの事務局や出版を担っていた戦旗派(ブント機関紙「戦旗」が由来)は、安保闘争は学生運動主体の小ブル急進主義運動に過ぎない。労働運動への革命的転化を目指すべき前衛党理論と指導の不十分さとして総括すべきであるとした。まぁ、こうして一次ブントは解体、消滅へと進んでいくのであるが、これは東大細胞分裂事件(1947/12 雑誌「近代文学」に影響された東大学生党員が分派活動を行ったと非難され、日共が戦後初の大量の除名処分をした事件)に似ているといえば似ている。ただ、東大細胞分裂事件は日共指導部が上から除名という圧力を行使している点と、ブント解体は革通派が指導部を突き上げたことで分裂した点は大きくことなるのであるが、細胞は成長するにつれて分裂していくということでそう感じるのである。まぁ、しかしながら、細胞というのも栄養が行き届かなくなると死んでしまうわけで、革共同第二次分裂のときに設立していた革命的共産主義者同盟全国委員会(革共同全国委)に戦旗派(森茂など)とプロ通派(清水丈夫・西部邁・青木昌彦など全学連書記局グループ)の一部が合流していくことになる。



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でっかいどー [法の下の平等]

東京地検特捜部による事情聴取を受けた小沢幹事長であるが、取り敢えず一山越えた、というところだろうか。その後の記者会見も「一応」筋の通ったもののようである。まぁ、それとして、例の元秘書の石川知裕(ともひろ)衆院議員は、さてどこの選挙区から去年選ばれたのであろうか。なんと故中川昭一元財務・金融相にあっさり勝ってしまった北海道第11区からである。あ? 怨念か? しかし弟子の逮捕でフライング気味のタブロイド紙の記事に目が留まったので、それを出汁に自民党を斬ってみよう。議員起訴なら遺族が弔い合戦?といタイトルなのだが、日本国憲法第50条には「両議院の議員は、法律の定める場合を除いては、国会の会期中逮捕されず、会期前に逮捕された議員は、その議院の要求があれば、会期中これを釈放しなければならない。」とあるので、18日から始まった第174回通常国会で衆議院で3分の2以上の可決があれば、石川衆院議員は国会議員として、娑婆に戻ってこれることになる。まぁ、その動きはないのだけれども、当然野党は大反発であろうが、そういうふうに法で定められているのだ。また、釈放請求がないとしても、当然、野党から辞職勧告決議案が出されたとしても、過半数なければ成立しないので、議員辞職は仮に石川議員が望んでも、民主党内で保留されるに決まっている。まぁ、だから早くも北海道第11区の補欠選挙などというのは、先走り過ぎというより、まず可能性としては薄いのである。というか、参議院選挙前にそんな負け戦を民主がわざわざやるはずがないではないか。思うに、自民党体質下では起訴までいけば辞職が当然という公式しか眼中にないというか、自分のご都合主義的な妄想でしかないようである。しかし、ここで、なんでこんな大袈裟なことになってしまったかを同じ日刊ゲンダイは伝えている。石川議員の元私設秘書の密告によって一連の捜査が行われてきたようなのである。うーん、参院選に出馬できなかったことへの、「怨念」だそうだ。しかしまぁ、後は凄い余談だとしても、呪われた選挙区である。最近大きな地震が世界中で起きてるから、恐山の怨念も地殻変動したのであろうか。まぁ、それとして、逮捕前に石川議員がちょくちょく連絡をとっていた元外務省主任分析官の佐藤優氏というのは、沖縄とアイヌの真実よしりんが対決を求めたにもかかわらず拒否した人である。そして佐藤氏が外務官当時ふっとーいパイプを持っていたのが、昭一氏の親父である中川一郎氏の弟子である鈴木宗男衆院議員である。まぁ、ということで例の佐藤氏は、「今回は国策捜査ではなく、民主党と官僚組織の権力闘争だ」と言ってるのだが、よっぽど官僚機構に対してルサンチマンを持っているようだね。まぁ、だけど公安と闘っているサイコとしては今回の検察との闘いはある意味応援するところであるから、ここで埼玉大学、日本大学芸術学部兼任講師の山崎先生の激烈な小沢応援ブログを発見したので紹介しておこう。あ゛しまった! イタイ[ふらふら] やっぱりイタコが11区に潜んでるんだ。
まぁ、この先生、マンガ右翼を全批判するわりには、おんなじ様な趣旨に帰結しているのね。完璧に、右か左かで別れる事柄は別としても、地検特捜部をアメリカの犬とする批判の方法論は、よしりんのそれと変わらないように思うのね。だから、嫌悪による回路の遮断みたいな感じなのに、『屈折した「恨みつらみ」に凝り固まったニーチェ的な「ルサンチマン』なんて表現していることが、そのまま本人の自供に映ってしまうから、イタイとしか言いようがないんだよね。




あまりにも革命的な [法の下の平等]

えー、先回書いたように14日づけで異議申立書を配達証明郵便で郵送した。かくして壮絶?な公安との戦いの幕は斬って落とされた。うーん、だけど今更後悔しても仕方ないけれど、配達証明だけで800円かかるのよね(*´д`)=з これで棄却されたときには自分で裁判する(行政監視・本人訴訟マニュアル)にしても、まぁ、行政は国民の権利利益を無視しているんだなぁ、経済的負担と手続き的な煩わしさがあるから、大半の国民は泣き寝入りさせられてしまうわけだ。まぁ、サイコの場合は授業料払って理論を実践に展開しているようなところもあるのだけどね。まぁ、でも面倒くさい。ほんと一般の国民では負担がかかりすぎるから、意地でも異議を訴えるとなると代理人を立てるのが時間的余裕を持てるので、ベストかなぁ、ということだね。だから、裁判スケジュールなんてのは、昔にくらべればスピードアップしているかもしれないけれど、それでも提訴して1、2週間で判決なんてのは流石に無理だろうから、弁護士先生にほぼ一任しておくのがベストなのだけど、費用対効果という点ではねぇ。普通の人はここで「めんどくせぇー」て諦めちゃうんだよね。
まぁ、そういうことで、続きである趣旨と理由なのだけれど、出し惜しみするわけではないのだけれど、次回以降にするとして、今回は公安と五分に渡り歩くための? 秘訣でも書いてあるか、ということで1968年について、予習的に書いてみたい。まず〈民主〉と〈愛国〉のおさらいからだが、進め!民族独立行動隊で書いたように六全協が開催されるまでの戦後10年間の日本共産党は、所感派を主流として武装闘争路線を展開する唯一の愛国の党であった。六全協によって、その武装闘争路線は完全に放棄されるのであるが、これは朝鮮戦争の休戦以後、米ソの冷戦構造が浮き彫りになる中、スターリン死後のスターリン体制の緩和としてソ連が打ち出した「平和共存政策」に協調した結果で、六全協以後の日本共産党は平和的に国会において議席を増やすこと(微笑戦術)を路線とした。所感派の武装闘争が放棄されたことにより、これ以後は宮本顕治の国際派が主流となるのであるが、これはソ連の「平和共存政策」と呼応しているわけである。「〈民主〉と〈愛国〉」では、所感派の活動を論証の主軸とするところ、「1968年」では、新左翼の前史として、国際派の「平和共存」を論証の主軸としているのであるが、こうした両書を相互補完的に読めるような作用は、批判、批評として絓秀実の秀逸とするところである。ただ、あくまで「〈民主〉と〈愛国〉」では全共闘は論旨とするところではなかったので、絓が「1968年」で敢えて批判しているわけではないのだが、サイコとしては小熊英二の長い注釈よりも流石に文芸批評家の本領として両書を繋げてみているのである。また、ベ平連鶴見俊輔を無批判に受容し検証なく分析した結論、と他で批判した絓であるが、「1968年」で表立った批判はないのであるが、確かに小熊は楽観的であるとサイコも思った。
さて、以上も余談ではないのだが先を急ごう。まず、平和共存路線に転換した日本共産党から決別する黒田寛一太田竜らが、1957年に日本トロツキスト連盟(58年に革命的共産主義者同盟(革共同)に改組)を結成。それ以後(革共同第二次分裂も含む)の流れは革共同のリンクに詳しいので省くが、63年2月、革共同全国委員会が、議長・黒田寛一派(革マル派)と書記長・本多延嘉派(中核派=革共同全国委として残った派)に分裂(革共同第三次分裂)すると、学生組織も革マル派と中核派に分裂した。 *注 上部組織として各党派が存在し、その下部組織として学生組織が成り立っているのは、だいたいどの党派も構造的に同じである。後同じなのは「革命を目指」していることだが、理論と方法、手段はそれぞれに様々である。それぞれのリンクを参照先。
次に58年12月共産主義者同盟(ブント)結成。60年安保の高揚を支えたが以後解体(一次ブント)。66年二次ブント結成。
次に全日本学生自治会総連合について。結成は48年。結成当時は日本共産党の強い影響の下にあったが、55年7月の六全協で日本共産党が武装闘争路線を放棄して微笑戦術に方針転換することに対して、全学連ではこの方向に批判的なグループが、元国際派学生を中心とした第一次ブント結成に流れていく。全学連はこのブント指導の主流派と共産党指導の反主流派(のちの全自連)とに分裂したままで60年安保を迎える。60年安保後に第一次ブントが解体した後は、反主流派から全国学生自治会連絡会議(全自連)が結成され、「安保反対、平和と民主主義を守る全国学生連絡会議(平民学連)」結成などの再建運動を経て民青系全学連として再建される。
67年羽田闘争には三派「全学連」として、第二次ブント、中核派、社青同解放派が登場した。その後、三派「全学連」は解体し、中核派「全学連」と社会党社青同解放派、共産同(ブント)系の反帝「全学連」が指導権を並立する。
東大闘争まで、というか60年代において革マル派は全学連としては独自行動を行っており全共闘としては闘争していない。
三派と構造改革派プロレタリア学生同盟(プロ学同)・社会主義同盟(フロント)は全学共闘会議(全共闘)に結集していくこととなる。
以上がざっと69年1月18日から19日に起きる東大安田講堂事件を頂点とした全共闘運動における、各党派の成立及び結集、離散の流れである。ただ絓が「1968年」が提起した現在に繋がる課題とするものは、ある一点を持って決定的となったとしている。それが1970年の七・七集会における華僑青年闘争委員会告発であるが、やはりここでも予習的にまず善隣学生会館事件を読んでから、その共闘の過程を経ての告発がなんであったか、そして40年前から今に繋がる新左翼諸党派の活動の背景が見えてくると思われる。ということで、今日はここまで。


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